2018年2月4日日曜日

花田苑/Hanada Garden

越谷では、図書館にはほとんど行きませんでしたが、この花田苑には何度も来ました。
花田苑は、行政がわざわざ設けてくれたコンパクトな日本庭園です。入場料はかかりますが、わずか100円です。
わたしの記憶では200円払っていたような気がするのですが、もうよく覚えていません。
毎日のようにここに来ては、2、3時間ほど本を読んだりぶらぶら歩いたりしていました。
花田苑の素晴らしいところは、ほとんど人が来ないところです。
いつ来ても、ほぼ貸切状態でした。
日本庭園としての造りや管理状態は良くてもマイナーであり続けるのは、行政(指定管理者)が運営しているからというのもありますが、主には地の利が悪いためです。
住宅地に囲まれており、ここにはこれしかありません。駅もショッピングモール/センターもありません。ぽつんと存在しているのです。
そのため、何かのついでにここを訪れる人はいません。ここに来る人のほぼすべてが、ここを目的にやって来ているはずです。その結果、ほとんど人が来ないのです。
行政的には、維持管理費ばかりかかる箱モノですが、わたしには都合の良いものでした。
このような日本庭園を私有することは、金持ちにも貧乏人にも誰にもできません。まず造成するのにカネがいりますが、それだけでなく維持管理するのにもカネがかかります。
経済的合理性を欠くため、金持ちはこのようなものを私有することはありません。
私有できなくても、このすぐそばに住めば実質的に私有することができます。
毎日通ったとしても、入場料は100円ですから、月に3000円しかかかりません。実際は毎日来ることはないので、1000円もかからないでしょう。
しかも、維持管理する必要も責任もないのです。
近所に住んで、自分の庭のように思っていれば良いのです。
昔ここによく通っていたと書きましたが、改めてこういう癒やしの空間は必要だったと認識しました。
わたしは、醜いものや汚いものは見たくも聞きたくもありません。仕事だとしてもお断りです。自分を穢すのはまっぴらごめんです。

綺麗な景色や花を見て、美味しいものを食べて、美しくて安らぐ音楽を聞いて、生きていたいのです。
朝日が昇るのを見守り、雲の流れをぼんやり眺めて、夕陽が沈むのを見て眠りにつくのです。
そういう誰もが享受していた当たり前のものをどうして現代人は失い忘れてしまったのでしょうか。
現代の方が間違いなく物質的に豊かなのに、精神的にはますます貧しくなっているのはどうしてなのでしょうか。