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2017年6月6日火曜日

ヤド・ヴァシェム/Yad Vashem

ヤド・ヴァシェム/Yad Vashem
土・祝日休み、無料

ヤド・ヴァシェムとは、ユダヤ人のホロコースト歴史博物館です。ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺の歴史を学ぶことができる非常に教育的なところです。
土地を持たないユダヤ人の歴史は差別と迫害の歴史でしたが、とりわけ第二次世界大戦中の虐殺は筆舌に尽くしがたいものです。わたしが訪れたときには、イスラエル兵や生徒らが大勢訪れていました。このようなところに来ることによって、イスラエル人の民族的アイデンティティーはより醸成されるのでしょう。
ユダヤ人でないわたしとしては、歴史から学ぶのみです。
ユダヤ人は、エステルの時代に(それが史実であれば)滅ぼされかけたことがあり、特に第二次世界大戦では民族的大虐殺に遭いました。しかし、今そのユダヤ人こそが、パレスチナ人を迫害し根絶やしにせんばかりです。そんなことがあってよいのでしょうか。
ヤド・ヴァシェムの庭木にはところどころに、諸国民の正義の人のネームプレートが置かれています。「シンドラーのリスト」のシンドラーや杉原千畝のものもあるそうです。
ネームプレートは、一箇所に集中しているのではなく全体に分散しているため、杉原千畝のものを探してはみましたが、見つけることはできませんでした。

ダビデの町/City of David

ダビデの町/City of David
土休、28シェケル
8:00-22:00

The City of David- Visitors Center
http://www.cityofdavid.org.il/en/tours/city-david/city-david-tours-biblical-jerusalem
ダビデの町と呼ばれるエリアは、現代のエルサレム旧市街の南、少し下にありますが、昔は、といってもソロモンの世代よりも前の昔ですが、こちらがエルサレムそのものでした。
入り口です。ダビデの竪琴を意識したモニュメントが出迎えてくれます。
今は、国立公園としてイスラエルの管理になっています。
ちなみに、ジッポリの項で紹介したMoney Saving Ticketsはここだけ使えません。
チケット売り場です。
わたしはヒゼキヤトンネルに入れれば十分でガイドは不要なので28シェケルですみました。
コインロッカーです。10シェケルです。ヒゼキヤトンネルに入る人は、荷物を預けておいた方がよいでしょう。
ヒゼキヤトンネルへ行けと言わんばかりの誘導です。
他に見るべきところがないわけではありませんが、矢印がヒゼキヤトンネルへ行けと促します。
今度の矢印は階段を下るよう指示しています。
矢印を見失うことはありません。
入り口です。
チケットを見せて入ります。
こういうところですから、こういうものも当然発掘されます。
これは3800年前にカナン人が岩に掘った貯水槽です。雨季の水を貯めておくところです。
ヒゼキヤトンネル入り口です。これから30分、狭い明かりのない空間を歩くことになります。

ヒゼキヤトンネルとは、ユダ王国のヒゼキヤ王が、イスラエル王国を滅ぼしたアッシリアとの戦いに備えて、ギホンの泉から水を引くために掘った穴のことです。
水路は500m超ありますが、そこを実際に歩くことができるのがこの施設の最大の特長です。

水路を歩くに当たり、様々な注意事項があります。

・5歳以上推奨
・水深70cmのところがある
・要ライト
・ローソク禁止
・裸足禁止
・ベビーカーは禁止というか無理
・赤子を連れて入る場合は、前に抱くタイプのみ可能

中の様子です。
トンネルの様子は次の動画をご覧ください。

https://youtu.be/vzD0oEUhkZM

トンネル内には明かりがありません。明かりは、山登り用のLEDヘッドランプがあれば良いと思いますが、スマホのライトでも十分です。なお、もし電気を引いた場合は漏電すると全員が感電死する可能性が高いので、今後も電気を通すことはないと思います。
水は流れていますし、空気も通っているので酸欠の心配はないと思います。
団体客で詰まってしまったらつまらないことになりそうです。追い抜くことは難しいです。
携帯電話は繋がらないので、万一事故があった場合の救助要請は、声を上げることくらいしか思いつきません。あるいはあとから来た客に頼むくらいでしょうか。

どういうわけか分かりませんが、私の先にも後にも客はいませんでした。
ヒゼキヤトンネルはエルサレム観光の定番だとばかり思っていたのですが。

シロアムの池/The Pond of Siloham

私がトンネルから出てきたときには説教が行われていました。
しかし、彼ら/彼女らは濡れていませんでしたから、トンネルを通ってここに来たわけではなさそうです。
せっかくのなにもったいない。
ここもシロアムの池です。昔は一体が池だったそうです。

ここでしばらく草履を乾かしていたのですが、誰もトンネルから出てくる気配ありませんでした。私の後ろには中国人の団体客がいたはずなのですが。

アブサロムの塔/Absalom's Tomb

アブサロムの塔/Absalom's Tomb
無休、無料

エルサレム旧市街東、キデロンの谷の向こう、オリーブ山麓にアブサロムの塔があります。
ダビデの息子のアブサロムの墓だそうです。
これについてとやかく書く気にはなりません。
地元の人がそう呼んでいるので、そうなんですか、と応えることができる程度です。

ゼカリヤの墓/Zecharias' Tomb
無休、無料

そのアブサロムの塔の少し南にはゼカリヤの墓があります。
どちらのゼカリヤさんでしょうか。

これについても、なんでもかでも下手に特定人の名前をつけるのはやめた方がいいんじゃないのですか、と言いたくなった程度です。

2017年6月5日月曜日

イスラエル博物館/The Israel Museum

イスラエル博物館/The Israel Museum
54シェケル

イスラエル博物館は、聖書の土地博物館博物館/Bible Lands Museumの斜向かいにあります。

エルサレム・セントラル・バス・ステーションから南に2kmほどのところにあります。バスに乗るほどの距離でもなく、また、バスには待ち時間がありますが、徒歩ならそれがないので歩いていくのが的確かつ最速です。

非常に教育的かつ広大な博物館なので、開館(10:00)から閉館(17:00)までいてすべて見て回れるかどうかといったところです。
こちらの博物館は、死海文書館を除いて撮影可能です。とはいえ、全体の紹介をすると膨大なものになってしまうので、特殊聖書的な事柄に限って書くことにします。
まず紹介しておきたいのが、ポンテオ・ピラトの名が掘られた石碑です。
総督ピラトが実在していた証拠と考えられています。
 そして、大祭司カヤファ/カヤパの骨が保管されていた骨壷です。
箱に名前が書かれていたので識別されました。
わたしは考古学者ではありませんが特にこの真贋について疑ってはいません。もちろん後の人が適当に名前を書いた恐れもありますが、わざわざ悪役を演じた人を捏造するのは考えにくいことです。

歴史的資料の展示物は、聖書の土地博物館博物館よりも多く、広い範囲でカバーしています。ユダヤ戦争以後の反乱もカバーしていました。
いよいよ死海文書/Dead Sea Scroll館です。本館とは別になっていて、上の噴水の下にあります。噴水の中にある面白い形をした構造物は、死海文書が入っていた壺の蓋をイメージしています。
入り口です。これ以降は撮影禁止なので、写真はありません。
入り口から写本までの通路では、クムラン遺跡と、そこで共同生活していた人々に関する展示が行われています。クムラン宗団を解説した展示の次に、写本群があります。

といっても、イザヤ書の写本の実物が見られるわけではなく、それをコピーして全容がわかるようにしたものや、写本/文書の断片の一部が見学できるだけです。一般の観光客に本物の写本をたくさん見せても意味はないので、だいたい分かる程度の展示とその説明で十分だと思います。
これは死海文書館の別の部屋で行われている展示です。
世界最小のヘブライ語聖書です。
ナノサイズのヘブライ語で、ヘブライ語聖書全文が5mm四方のシリコンチップ上に彫り込まれているそうです。ニュースにもなっています。
http://www.afpbb.com/articles/-/2327641

イスラエル博物館に来て、死海文書を見るという旅の目的のひとつを果たすことができましたが、嬉しい誤算として、1世紀のエルサレムの模型を見ることができました。
ヘロデ神殿です。オリーブ山からはこのように見えました。
正面の外壁に金門が見えます。今も金門はありますが、閉ざされていて通行はできません。

細かなところまで作り込まれています。
ケデロン/キドロンの谷(右側)も再現されています。









2017年6月4日日曜日

聖書の土地博物館博物館/Bible Lands Museum

聖書の土地博物館博物館/Bible Lands Museum
無休-17:30、44シェケル

エルサレム・セントラル・バス・ステーションから南に2kmほどのところにあります。バスに乗るほどの距離でもなく、また、バスには待ち時間がありますが、徒歩ならそれがないので歩いていくのが的確かつ最速です。
館内は撮影禁止のため写真はありません。

展示物は、イスラエルの古代史を理解するのに助けとなるような考古学的資料です。イスラエルの歴史といっても、イスラエル独自の時代は非常に短くサウルからヤラベアム/レハベアムまでの期間に過ぎません。それ以外は近隣の強国/列強の歴史、つまりはエジプト、アッシリア、バビロン、ペルシャ、ローマの歴史がイスラエルの歴史になっています。そのため、展示物は、特別展示を除き、大英博物館やその他ヨーロッパの歴史博物館で見たのと大きな違いはありません。

そのようなわけで、人によってはすべて見て回るのに2時間もかからないと思います。わたしは説明書きをすべて読むタイプなので、3時間かけても半分ほどしか進まず、後半は駆け足で見ました。

死海文書が展示されているお隣りのイスラエル博物館はここの数倍の規模なので、ここを基準にペースを考えることができるかもしれません。

2017年6月2日金曜日

マリア永眠教会/Dormition Abbey

マリア永眠教会/Dormition Abbey

マリアが亡くなったところだということで、それを記念したカトリックの教会です。ベテスダの池があった教会もそうですが、カトリックはすきあらばマリアを祀ろうとします。
伝承によれば、マリアは晩年エルサレムで生活して生涯を閉じたとのことです。そんなことは聖書に書かれていませんが、イエスが宣教活動に勤しんでいた頃にはまだ生きていましたから、記述されていないとしても特におかしいことではありません。
イエスの死後は、兄弟のヤコブがエルサレムでイエス教団を運営していたらしいですので、年老いたマリアがエルサレムに居を移していたとしても不思議ではありません。
教会の出入口に置かれていた、マリアを象徴する花のイメージです。
なんとかという花だと思いこんでいたのですが、勘違いしていたようなので、写真を掲げるにとどめたいと思います。